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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)60号 判決 1969年6月28日

原告 アムプ・インコーポレーテッド

被告 日本圧着端子製造株式会社

主文

特許庁が、昭和三十八年三月十一日、同庁昭和三四年審判第六〇七号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

被告は、昭和三十四年十一月十四日、原告を被請求人として、別紙第一掲記の(イ)号図面及び説明書に示す油圧式圧着工具(以下「(イ)号工具」という。)が原告の登録第二三八、一二三号特許の権利範囲に属しない旨の権利範囲確認審判を請求し、昭和三四年審判第六〇七号事件として審理されたが、昭和三十八年三月十一日、被告が請求したとおりの審決があり、その謄本は、同年三月二十日原告に送達された(出訴のための期間は同年七月十九日まで延長)。

二  本件特許発明の要旨(別紙第二掲記の各図面参照)

本件特許発明の要旨は、

(A)  電気接続子を電線に型押する水圧手工具にして、ピストンを受け入れるシリンダーを形成する円筒体を備え、キャップにてこの円筒体の一端部を閉鎖し、該キャップを通り円筒体と同軸に延びる開口があり、ピストンを該円筒体内に装置し、ピストンに結合されたピストンロッドの自由端はキャップの開口を通って延び、この自由端にダイ部材を固定し、雌ダイをキャップ部材に結合し、ダイと協働して型押操作をなしうるようにし、

(B)  閉鎖板をシリンダーの他端を横切つて設け、流体容器を形成する第二の円筒体を閉鎖板の附近で第一の円筒体に固定し、流体を収容する容器を構成する弾性筒状部材を第二の円筒内に設けてこれに固定し、第二の円筒体と弾性部材と同軸に延びるラム室内にラムを摺動自在に位置せしめ、弾性部材とラム室内端の流体通路にて形成される室の内端との間の第二の流体通路並びに弾性部材とラム室とピストン室との間の流体の流れを選択的に制御する装置を設け、

(C)  ハンドル装置をラムの外端に枢着し、リンク装置を一端でそれぞれのハンドルに枢着連結し、他端で下部の円筒体に枢着連結して、ハンドルとラムの間にトグル機構を形成した

(D)  水圧工具

にある。

三  (イ)号工具の要旨(別紙第一掲記の図面及び説明書参照)

(イ)号工具の構成は、

(a) ラム4を筒筐14に装着し、圧着子の下板1を筒筐14に着脱自在に螺着し、下板1の中央に設けた透孔5を出没するラムの自由端に圧着牡型2を固定し、圧着牡型2を圧着子の中央透孔12に定着し、

(b) 外套管36を境界壁30を介して筒筐に固定し、油筐26を構成するゴム筒29を外套管36内に設けてこれに固定し、外套管36の中央部に縦設したシリンダー24に内プランヂャー18を摺動自在に設け、境界壁30の中央部に形成されたシリンダー24と筒筐14との連通路に吐出弁17を設け、ゴム筒29とシリンダー24の内端との連通路に吸入弁23を設け、前記吐出弁17の上部と油筐26への連通路孔27との間に螺子28の後退動によって開口される復油弁25を設け、

(c) 油筐26の下底32に定着螺子42で定着した基板41の一端に、下側方に延長して掴持43を取り付け、基板41の他端にピン46にてリンク47を枢着し、操作把手44の上端をピン45にてプランヂャー18の露出端に把着した

(d) 油圧式圧着工具

にある。

四  本件審決理由の要点

本件審決は、本件特許発明の要旨を前記二のとおり、(イ)号工具の要旨を前記三のとおり、それぞれ認定したうえ、両者を比較し、両者は、<1>電気接続子を電線に型押する圧着部である前記(A)と(a)、<2>油圧発生部である(B)と(b)及び<3>操作ハンドル部にトグル機構を形成せしめた点において、一致し、(イ)号工具は、器体保持用の掴持とトグル機構を形成するリンクで枢着された圧力発生用の操作把手とを備えたものであるに対し、本件特許発明は器体保持用のハンドルを備えていない点において、相違するところ、本件特許発明の明細書の特許請求の範囲の項において、「リンク装置を一端でそれぞれハンドルに枢着連結し」と明記してある点と同じく発明の詳細なる説明の項において、発明の実施例としてハンドルを一本にすることがありうること並びにこのようなことを示唆するに足る事項は全く記載されていない点とによって、圧力発生用ハンドルを少くとも二本備えていることが本件特許発明の必須要件であり、作用効果においても、発生圧力において本件特許発明は(イ)号工具よりも優れているが、使用時における器体の安定性を図る点において、本件特許発明は格別に企図するところがないに対し、(イ)号工具は積極的に企図しているので、使用時における器体の安定性において、前者は後者に劣るものであるから、後者が前者の発明構成の必須要件を備えていないことは、圧力発生用のハンドルの数が一本であるか否かという構造上の差異に止まらず、使用時における器体の安定性を企図しているか否かという発明の目的において相違しており、かつ、また、前者に単なる附加的構造を装置することによって、後者の目的を達成することができないものと認められるから、(イ)号工具は、本件特許の権利範囲に属しない、としている。

五  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、次の点において判断を誤ったものであり、この誤った判断を前提とする点において、違法として取り消されるべきである。すなわち、

(一)  本件特許発明において、審決が認定するように、圧力発生用のハンドルを二本備えることが、その構成の必須要件ではなく、したがって、本件特許発明と(イ)号工具とは、ハンドル部において構造上の差異はない。さらに、本件審決は、両者の作用効果の対比において、(イ)号工具は、とくに器体の安定性を積極的に企図しているものであり、本件特許発明と異なる目的を有するものである旨認定としているが、権利範囲に属するかどうかの判断に当り問題となるのは、当該特許発明が挙げている作用効果を(イ)号物件が挙げているかどうかであり、(イ)号物件が、他に、どのような作用効果を挙げているか、また、当該特許発明に単なる附加的構造を装置することにより(イ)号物件と同じ作用効果を挙げうるかどうかは、全く関係のない事項である(以上のほか審決がした認定については、本訴において、争わない。)。

なるほど、審決が指摘するように、本件特許の請求の範囲の項には、「リンク装置を一端でそれぞれのハンドルに枢着連結し」と記載されてはいるが、この前記(C)の部分に関連して本件特許発明が目的としているところは、「機械的利益を得る様に工具主体とハンドルの間にリンク装置をもつ手働水圧工具を提供すること」(甲第二号証・本件特許明細書一頁右欄三行以下)であり、この目的は、要するに、ハンドルをラム及びリンク枢着連結してトグル機構を形成することにより達成されるのである。したがって、一本のハンドルのみをこのような構造にすれば一個の、また、二本のハンドルともにこのような構造にすれば二個のトグル機構がそれぞれ形成されるのであるが、トグル機構をとり入れてその増力作用を利用する点において、構造及び作用効果に何ら本質的な差異はない。本件特許発明の明細書の詳細なる説明の項において、本発明の目的の一つは機械的利益を得るように工具主体とハンドルの間にトグルリンク装置を形成したことにあると記載して、トグル機構を形成している点を強調しながら、他方、ハンドル二本にこのような機構を形成したことの理由及びそれによって生ずる作用効果についてとくに記載するところがないことからも、本件特許発明において、二本のハンドルそれぞれにトグル機構を形成させることに特別な意味のないことが理解されうるところである。前掲特許請求の範囲の記載は、単に二本のハンドルにトグル機構を形成させる場合の構造を説明したにすぎないものであり、それ以上特別な意味を持つものではない。したがって、(イ)号工具のように、一方のハンドルのみをラムと枢着してトグル機構を形成した構造も、ハンドルをラムの外端に枢着し、リンク装置を一端でハンドルに、他端で下部の円筒体に枢着連結してハンドルとラムの間にトグル機構を形成したものとして、本件特許発明の(C)の構成要件に該当するものであるから、(イ)号工具は、本件特許発明の(A)、(B)、(C)からなる構成要件及びその作用効果すべてを具備しており、本件特許の権利範囲に属するものである。(イ)号工具が、このほかに、審決が掴持と名づけるハンドルを有し、それが器体の安定性という目的を企図しているとしても、そのようなことは、(イ)号工具が本件特許の権利範囲に属するかどうかの判断には何ら益するところのないものである。

以上のとおり、本件審決は、本件特許発明の前掲の(C)の構成要件につき事実を誤認した結果、(イ)号工具をもって、本件特許の権利範囲に属しないとした違法があるものである。

(二)  仮に前項の主張が理由がなく、二本のハンドルがそれぞれトグル機構を形成するようラムとリンクに枢着されていることが本件特許発明の構成要件であり、(イ)号工具は、一方のハンドルにのみトグル機構が形成されているにすぎないから構造上の差異があり、本件特許発明の右構成要件を具備しないものであるとしても、この構造上の差異は、きわめて僅少なものであり、本件特許出願当時、当業者によって容易に考えられる程度の構造であり、しかも、この異なった構造により挙げていると同一の作用効果を挙げているものであるから、前記差異は、単なる設計変更にすぎないものである。本件審決は、この構造上の差異について事実を誤認し、その作用効果についても誤った判断をした結果、(イ)号工具は本件特許の権利範囲に属しないとしたものであり、事実の誤認に基づく違法なものである。すなわち、

(1) 本件特許発明と(イ)号工具との前記構造上の差異は、きわめて僅少なものにすぎない。すなわち、本件特許発明においては、その請求範囲の項の「ハンドル装置をラムの外端に枢着し、リンク装置を一端でそれぞれのハンドルに枢着連結し他端で下部の円筒体に枢着連結してハンドルとラム間にトグル機構を形成した」という記載から、二本のハンドルがそれぞれラムの間にトグル機構を形成していることを構成要件とすると解されるとしても、(イ)号工具は、このうち一本のハンドルのみを同じようにラム(プランジャー)の外端に枢着し、リンク装置の一端をそのハンドルに枢着連結し、他端を円筒体の下部の基板に枢着連結して、ハンドルとラムの間にトグル機構を形成したものであり、本件特許発明の場合のいずれか一方のハンドルと同じ構造をとり、また、他のハンドルはそのようにラムとリンクに枢着することをせず、代りに、ただ器体本体の下部に固着しただけという差異を有するにすぎない。逆に見れば、(イ)号工具で掴持といわれているものを器体本体に固着せず、それをラム(プランジャー)に枢着し、さらにリンクで器体本体と枢着連結するだけで本件特許の右構成要件を完全に具備するというだけの差異にすぎない。本件審決は、この点について、圧力発生用の操作ハンドルとか、器体保持用の掴持ハンドル)と名づけて、あたかも両者が全く別物であるかのような記載をしているが、本件特許発明において、ハンドルが器体保持用の機能を有していることはいうまでもなく、このようなハンドルとラムの間にトグル機構を形成して圧力発生の機能をも果させているのであるが、(イ)号工具は、この一本のハンドルのみとラムの間にトグル機構を形成させた場合にあたるのである。

(2) (イ)号工具が、右のように、本件特許発明と相違した構造を採用することは、当業者にとっては、容易になしうる範囲のものである。すなわち、(イ)号工具のように、一方のハンドルは器体本体に固着してもっぱら器体保持用とされ、他方のハンドルによって圧力発生の用をなさしめる、いわば片ハンドルの構造は、本件特許発明の出願前から公知であった。このことは、たとえば特許第二一一五〇八号「クリンピング装置に関する改良」の特許明細書の図面(甲第四号証)からも明らかであるが、このような技術的な基礎の上に立って本件特許発明に対し前記のような、きわめて些細な差異を有するにすぎない(イ)号工具の構造を考えることは、当業者の容易になしえたものである。

(3) さらに、右のような(イ)号工具の本件特許発明に対する構造上の差異は、当該構成要件によって本件特許発明が達成している作用効果の点について本質的な差異をもたらすものではない。

本件特許発明の目的については、その明細書に列挙されているが、そのうち「機械的利益を得る様に工具主体とハンドルの間にリンク装置をもつ手働水圧型押工具を提供する」という目的が、ここで問題となっている構造によって達成されているのである(甲第二号証・本件特許明細書一頁右欄三行以下)。すなわち、本件特許発明においては、両方のハンドルを開閉することにより、ハンドルに加えられた力は、トグル機構の倍力作用により、増大されてラムを押し上げて、中の液体に圧力を加え、それにより、ピストンを押し上げで型押をするという作用効果が達成されているのであり、いわゆる「機械的利益」とは、トグル装置により、ハンドルに加えられた力が増大されてラムを押し上げることを意味している。

いま、この作用効果の点から(イ)号工具を考察すると、(イ)号工具は、一方のハンドルをプランジャー(ラム)及びリンクに枢着連結して、ハンドルとラムの間にトグル機構を形成しているのであるから、本件特許発明におけると同様そのハンドルに加えられた力は、トグル機構の倍力作用により増大されてプランジャー(ラム)を押し上げるという作用効果を達成しているのであり、まさに、本件特許発明における前記(機械的利益)を得ているのである。ただ、(イ)号工具においては、一方のハンドルのみがこのような構造であるため、二本のハンドルいずれにもこの構造があって両方の手の力がそれぞれトグル機構で増大されてラムに働く本件特許発明に比して、増力の効果が劣る場合もあるという程度の差異はありうるが、それは量的なものであり、トグル機構により機構的利益を得るという目的において、本質的に本件特許発明の当該構成要件による作用効果を達成していることに変りはない。

本件審決は、この作用効果の点について、単に本件特許発明の方が(イ)号工具のものよりも優れていると一応の判断をしてはいるが、(イ)号工具が本件特許発明における右のような作用効果を達成していることについて明らかな認定をせず、むしろ、器体の安定性という本件特許発明の目的とは無関係な問題を持ち出して作用効果について誤った判断をしているものである。

特許の権利範囲に属するか否かを判断するに際しては、当該特許が本来目的としている作用効果を達成しているか否かが検討されるべきものであり、器体の安定性というような附随的な作用効果の差異を論ずることは無益である。

したがって、(イ)号工具の本件特許発明に対する前記構造上の差異は、単なる設計の変更にすぎないと認められるべきである。特許の権利範囲はその特許請求の範囲の記載に基いて定められるものではあるが、そのことは、請求範囲に記載された内容のみに限定されることを意味するものではない。(イ)号工具のように、構造上容易に採用しうる僅少の差異を有するのみで、本件特許発明の目的とするところをことごとく達成しているところの単なる設計の変更にすぎないものは、なお発明として同一性を有するものと解せられるから、(イ)号工具は、本件特許の権利範囲に属するものというべきである。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の請求原因事実のうち、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨、(イ)号工具の構成並びに本件審決の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決は、正当であり、原告主張のような違法の点はない。本件特許発明は、審決認定のとおり、圧力発生用ハンドルを二本備えていることを構成の要件とし、したがって、圧力発生用ハンドルを一本しか有しない(イ)号工具は、本件特許発明の(C)の構成要件を欠いている。その結果、同量の力をハンドルに加えた場合、圧力発生用ハンドル二本を備えた工具とは、発生圧力において異なり、加えられる力が同量である場合、これと同じだけの圧力を発生させえない。本件のような油圧式圧着具において、頭部と反力受レバーとの相対位置を変えないで、頭部を不動にした状態で作動する機構を求めれば、どうしても、一方のレバーを固定した(イ)号工具のような機構とならざるをえない。他方反力にも仕事をさせ、力の増幅利益を得ようとすれば、必然的に反力受用のレバーと頭部との相対位置の変化する本件特許工具の機構とならざるをえない。したがって、ハンドル操作による力の増幅のみを考えると、本件特許工具の方が有利であり、頭部とレバーとの相対位置の不変性に重点を置けば、(イ)号工具の方が有利である。両者を同時に満足させることは、人間の手が二本である以上不可能である。本件特許発明の操作ハンドル部(C)の要件は、明らかに頭部とレバーとの相対位置の不変性を犠牲にして、反力により力の増幅利益を大にしようとする構造であり、本件審決のいうように、本件特許発明と(イ)号工具とは、「発明の目的において互いに相違し」また、「前者に単なる附加的構造を装置することにより後者の目的を達成することはできない」のである。したがって、(イ)号工具をもって、本件特許発明の単なる設計変更にすぎないとみることはできない。また、(イ)号工具の操作ハンドル部の機構は、本件特許発明におけるような、トグルの基本方程式を充足する倍力機構ではなく、単なる「てこ」の倍力機構なのである。

第四証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨(イ)号工具の構成及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決は、本件特許発明においては、「圧力発生ハンドルを少くとも二本備えていることが発明構成の必須要件である」としているが、この認定は、原告主張のとおり、本件特許発明の構成要件に関する解釈認定を誤つたものであり、この誤つた要旨認定を前提とする本件審決は、更に進んで他の点について判断を用いるまでもなく、違法として取消を免かれない。すなわち、当事者間に争いのない本件特許発明の要旨中には「・・・リンク装置を一端でそれぞれのハンドルに枢着連結し」という文言のあること及び成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)の「発明の詳細なる説明」の項には、実施例として、ハンドルを一本にすることがありうる旨の記載はもち論、これを示唆すると認めるに足る記載すら存しないことは、まさに審決の指摘するとおりであるが、実施例として、ハンドルを一本にすることがありうること、ないしは、それを示唆すると認めるに足る記載が明細書中にないことから、直ちに常にハンドルが二本以上でなければならないとすることは、論理の飛躍である。本件明細書(前掲甲第二号証)には、ハンドルを一本にすることもありうることを示唆する記載もないと同時に、ハンドルが二本以上でなければならないとする記載も、また、ないからである。あるいは本件明細書には、前掲甲第二号証に見るように、実施例としてハンドルを二本にするものが図示されており、しかも、明細書中に、これを一本とすることもありうることを示唆さえする記載がない事実から、前認定に及んだものと理解されるが、右図示は、本件特許発明の特徴及び目的を明瞭ならしめる説明の参照とするため、「好ましい実施態様」を図示したものであることは、前掲甲第二号証に明記されているところであるから、この図示から、ハンドルを少くとも二本とすることは、好ましい実施の一態様たるに止まり、これをもつて、発明構成の要件であると断ずることはできない。むしろ、前掲甲第二号証には、のちに詳説するように、ハンドルを少くとも二本とすることをもつて発明構成の必須要件であることを示唆する何らの記載すら存しない事実をこそ重視すべきである。また前に掲げた「それぞれのハンドルに」という文言にしても、のちに説示するように、ハンドルを少くとも二本とすべき旨の技術思想の開示の認むべきものがない本件においては、このような字句に拘泥して発明の要旨を解釈認定することは、はなはだしく当を得ないものといわざるをえない。けだし、つとにいわれているように、出願人は、特許請求の範囲の項の記載にあたつて、時として、このような無用の文字(「それぞれ」という語が日本語として、常に必ずしも動詞に前置するを必要としないことは、一般日常見聞するところである。)を附加し、審査、あるいは審判の手続においても、これを看過して特許がされることがあることは、顕著な事実だからである。この場合においても肝要なのは、特許請求の範囲の項に、僅かに「それぞれのハンドル」の文言があるということより、明細書全体に記載された発明の内容において、ハンドルが少くとも二本であることをその必須の要件とする思想が開示されているかどうかであり、本件審決においても、ハンドルを少くとも二本備えることが本件発明の要旨であるとするにしても、あるいは、そうしないにしても、まさに、そのことを問題にすべきであつたといわなければならない。いま、その点を前掲甲第二号証についてみるに、同号証の「発明の詳細なる説明」の項には、本件発明の目的は、「常に工具内で流体を流動せしめる装置をもち、」かつ、「機械的利益を得る様に工具主体とハンドルの間にリンク装置をもつ手働水圧型押工具を提供すること」等にあると記載されており、また、その実施例の説明としては、「図示の好ましい実施態様に於て」とまえおきして、二本のハンドルを使用したトグル機構が簡単に図示されており、さらに、その作用効果については、「型押作用の抵抗が大になるに伴つて、操作衝程に必要な作力は増大する。このために、ラムの運動が困難になつてくるに従い、衝程は短くするのが有利である。これにより、仕事は体に近い区域で達成されるので、操作者は一連の短い衝程に全力を利用することが出来て、かつ、トグル機構は最大の増力率を発生する範囲で動作する。衝程をなすに要する作力が急に減少したら、これは最大圧力が得られて過負荷解放弁が開いたことを示す」と記載されているが、この記載は、リンク装置とハンドルとによるトグル機構の一般的作用効果を述べたものにすぎず、この他に、発明の目的、構成及び作用効果について、ハンドルを少くとも二本としたトグル機構に関する、あるいは、これを前提とした記載は全くない。このような明細書全体の記載に徴すれば、リンク装置により、ラムとハンドルとの間にトグル機構を形成することが本件発明の目的の一つである機械的利益を得るための技術的手段であり、トグル機構の形成が、そして、それだけが、本件発明の構成要件であることを容易に理解しうるところであるから、ハンドルを少くとも二本以上備えることが構成の必須要件であると限定的に認定することは当を得ないといわざるをえない。

(むすび)

三 以上詳細説示したとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、他の点について判断するまでもなく、理由があるものということができる。よつて、原告の本訴請求はこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 石澤健 瀧川叡一)

〔別紙〕

第一 イ号図面

別紙

(イ)号図面説明書

別紙図面は油圧式圧着工具を示すものであって、第一図は操作把手を押し上げて圧着を行わんとする場合の縦断面図、第2図は同上のX―X線断面図、第3図は第2図のY―Y線断面図である。図に於てAは本器の頭部を形成する圧着子で其の下板1は中央に圧着牡2を取換え自由に止螺子3で定着するラム4が出没する透孔5を具え且其の下面には中部Bの筒筐14に着脱自在に螺着6する、7は同上の止螺子、8は圧着子Aの上部で下板1と軸9で伏倒自に枢着し、又軸9の反対側には下部の突起10に着脱自由の串11により閉塞位置を規定され尚この場合には其の中央透孔12に取換自由に定着する圧着牡型13が取付く。

Bは本器の油圧発生部であって、筒筐14の上部に装着せる圧着子Aの下板1との間に緊張弾機15を具えて自由に出没するラム4を没入方向に下圧する、16はラムの油密パッキング、17はラム4の下方中央に位置する吐出で其の下方のプランヂャー18の下降時に逆流を阻止する弾機19を具う、20は吐出17の側方に設けたる過圧力制限で其の背面の弾機21を取換えることにより最高油圧を調節する、22は同上の過圧力制限の弾機取換用の透孔を閉塞する螺子、23はプランヂャー18のシリンダー24に連通する吸入、25は吐出17の上部と油筐26との間の連通孔27に介装せる復油で其の背面を油密閉塞された螺子28の後退動により口を開いてラム直下の圧油を油筐26内に還流せしめる、29は油筐26を構成するゴム筒で其の上端は筒筐14と其の下方の油筐26との境界壁30の下面突起31に又其の下端は油筐26の下底32の上面突起33に夫々緊縛されて筒状油容器を構成する、34はプランヂャー18のシリンダー24の下端にパッキング35を介入して定着せる止螺子で其の上面で油筐26の下底32を外套管36を挾んで境界壁30の下面に定着する、37は外套管36の透孔で油筐26の膨張収縮を容易とする、38はプランヂャーの油密用のパッキング、39はラム4の縦溝40に先端が嵌入する螺子でラムの直線動を規制する。

Cは本器体を所望の方向に正確に支持するための把手を1側に有する槓杆装置で其の基板41が定着螺42で下底32に定着せられ更に其の下側方に延長する掴持43が突成する、44は操作把手で其の上端はピン45でプランヂャー18の露出端に枢着し更に基板41にピン46で枢着せるリンク47の先端をピン45近傍にピン48で枢着せられ且操作把手44はプランヂャー18を後退せる極限位置では殆ど器体に対し垂直近くになり又プランヂャーの前進極限位置近くで掴持43と略軸対称の位置となり不使用時に於ける操作把手の位置の不体裁をなからしめる。

本器の使用方法は次の通りである。

圧着せんとする電線の位置に応じ種々なる角度即頭部Aを上方とし、或いは又器体を水平とし、更に頭部Aを下方とし必要に応じ種々なる角度傾斜にて使用するものであるが本器は其の構造上頭部Aを上方又は水平として使用するのに好適のものである。

頭部Aの上部8を開いて予め装置せる圧着型2及13間に電線端部に端子具を嵌被せる被圧着電線をおき、上部8を閉塞して串11により上部Aを下板1上に固定し掴持43を左手にて掴持し右手で操作把手44を上下に数多廻動してラム4の前進により牡牝型間に挾在せる被圧着物を圧潰状態下に緊締するのである。

即操作把手44の廻動に伴いプランヂャー18は油筐26内の油を吸入23を通じて吸入し、吐出17を押し開いてラム4を上昇せしめると共に油圧力が規定値より増大せんとするときは過剰圧力は過圧力制限20を開いて油筐26内に還流する。而して圧着完了のときは其の都度螺子28を後退して復油25を開いて圧油を連通孔27を経て油筐26内に排出しラム4を降下せしめて圧着型間に挾在する電線を取り去るのである。

以上の圧油操作に於て槓杆置Cはリンク47により操作把手44に加わる回転力を多小増強してプランヂャー18の直線動に基く圧力とするが掴持43の圧掴力に単に器体を所定の位置に支持するのに役立ちプランヂャー18の押圧力には何等の寄与をしないが、掴持43の圧掴力は図面の第一図に明示する通り操作把手44が廻動の終端近くとなりたるとき操作把手44が器体の軸に対し殆んど垂直となることにより、頭部重量が上方にあることのために生ずる転動(第一図の操作把手軸を中心とする)を著しく阻止して圧油操作就中強圧力を発生する廻動の最終段階に於ける掴持器体の安定度を高めて操作を容易とするものであって多少の圧着力の小は操作把手44の廻動回数の追加により補償し得るため斯種可搬式圧着工具としての使用を便とすることができるのである。

以上

第二 本件特許発明の実施例図

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